連載童話「たばこ王国」第2回 文・絵:吉田 仁
(2)ニコチンの話
ドクターは、水で口をうるおして話を続けました。
「それでは王様、ニコチンの話にもどります。」
「タバコの煙の中に入っている、ニコチンは肺から血液の中に溶けて全身にまわります。」
「ニコチンは、おなかの背中側にある、副腎という所からカテコラミンという物質を大量に出させます。」
「カテコラミンは、全身に血液を送っている動脈という血管を細くしてしまいます。」
「ですから、タバコをすうと全身の動脈は細くなってしまうのです。赤血球は、運ばれにくくなってしまいます。」
「わかりやすく話しますと、先ほどの赤血球という名のトラックの、通る道をニコチン・ブルドーザーが壊してしまい、通れなくなってしまうのです。王様、どうなると思いますか?」
「突然質問された王様は、せきごもりながら答えられました。」
「なるほど、酸素(O2)が運ばれなくなってしまうわけじゃ。」
「そうしたら、エネルギーが作られなくなり、病気になったり、成長が遅れたりする。それでよいか。」
王様は、動揺しながら、いやいや答えられました。
「その通りです。さすがは王様。ニコチンの恐ろしさがお分かりでしょう。そして、タバコの恐ろしさがお分かりでしょう。」
王様は、頭を重たそうにたれて、長い間考えられておられました。
そして、子供がショックを受けた後に寝てしまうように、いつしかスヤスヤ眠ってしまわれました。
ドクターブックは、そっと王様のひざに毛布をかぶせ、お部屋を出ました。
◆一酸化炭素の話
翌日早くに、ドクターは王様に呼ばれました。
「ドクター、わしは一晩寝て考えた。そしてある解決策を思いついた。聞いてくれるか。」
王様は得意そうに、しかしせきこもりながら言われました。
「わしはな、ニコチンが悪いことはよくわかった。しかしタバコがそんなに悪いとは、まだ思えんのじゃ。そこで思いついたのじゃ。ニコチンの出ないタバコを作ってしまえばいいのじゃ。どうじゃわしの名案は。」
ドクターはうなりました。
「王様残念ですが、タバコの害はニコチンだけではないのです。」
王様の表情が、だんだん曇っていきます。ドクターは少しかわいそうになりましたが、続けました。
「王様、どんなタバコの煙にも、一酸化炭素(CO)という危険なガスが必ず入っています。そのこともお話しなくてはなりません。」
ドクターは王様の顔をうかがいながら続けました。
「タバコを吸うことは、一酸化炭素(CO)を大量に吸うことになります。王様、昨日はヘモグロビンのことを、お話したのを覚えておられますか。トラックの荷台の名前です。」
「この一酸化炭素(CO)は、酸素(O2)の数百倍もヘモグロビンに、くっつきやすい性格を持っています。」
ドクターは、ここで少しゆっくりと話し始めました。
「トラックの荷台に酸素(O2)を乗せようとしても、一酸化炭素(CO)がもう、いっぱいに乗ってしまっていて酸素(O2)が乗る場所がなくなっているのです。」
「もうお分かりになったと思いますが、タバコを吸うことで一酸化炭素 (CO)が酸素(O2)より先にヘモグロビンにくっついてしまい、結果的には、空のヘモグロビンがないため、酸素(O2)が全身に運ばれなくなってしまいます。
ここまで話すとドクターは、王様の反応を確認するように、話をやめ一呼吸しました。
王様は、いらいらしてきました。
そして、タバコに火をつけようと、タバコを一本取ってしまいました。ドクターの視線に気づき、それを腹立ち混じりに、ゴミ箱に投げつけました。
ドクターは、再びゆっくり話しを始めました。
「今度は、赤血球というトラックの荷台に、人の役に立たないガラクタが先に乗ってしまい、人に必要な酸素(O2)が運ばれなくなってしまうのです。王様、そうしたらどうなってしまいますか。」
王様は、元気なく小声で答えられました。
「酸素(O2)が運ばれないから、病気になったり成長が遅れたりするわけだ。それでよいか。」
王様は、そう言うと窓の外を見たまま何も、話されなくなりました。
ドクターも気を使って、そっと部屋を出て行きました。
窓からは、雲ひとつない青空と、頂に日の光に美しく照らされた雄大な山が目の前に見えました。
その景色も、庭先の小鳥たちのかわいらしい鳴き声も、花壇の色とりどりの花も、今の王様の気持ちを和ませることは出来ませんでした。
王様は、突然大声を発せられました。
「大蔵大臣を呼べ」
大蔵大臣は、王様にとって最も信頼できる大臣でした。
今までも何度もこの大臣に大事なことを相談してきました。
王様は、大蔵大臣に昨日からのドクターとの話をしました。そうしてこう聞かれました。
「タバコを守るよい手立てはないか。」
二人はタバコを吸いながら、黙って考え込みました。しばらくして、せきをしながら大臣は大きなこぶしをたたいて得意そうに話し始めました。
「王様、もう一人学者を雇いましょう。この難問を解決してくれる学者を。」
そう言うと、急いで大臣は部屋を出て行きました。