連載童話「たばこ王国」第6回 文・絵:吉田 仁
(6)気管支炎の話
「王様、おはようございます。」
ドクターブックは、陽気に王様のお部屋に入ってきました。手には新しい紙を数枚か持っていました。
「王様、ご気分はいかがですか。」
「うーむ、ドクターか、おはよう。ここ2日ほどタバコを一本も吸ってないが。何か違う、様な気がする。気のせいかも知れんが。」
「王様、どのように違うのか具体的に教えていただけませんか?」
「少しだが、痰と咳が減ってきたように思う。うーむ、それに、夜中にヒーヒーゼーゼー のどのあたりが、言わなくなった。」
ドクターは、その話を聞くと、急に手をたたいて。
「王様、それです。今日はそのヒーヒーゼーゼーの話をします。気管支炎の話を。」
「気管支炎か。またむずかしそうじゃの。」
「分かりやすくするため、気管支炎の話をする前に、炎症の話をします。」
「炎症?」王様が話そうとされたのに、ドクターは、
「もし、けがをしたとします。そのけがを消毒もせず、ほっておいたとします。すると、どうなるとお思いですか。」と続けました。
ところが王様は、
「そういえばわしは、5日ほど前に腕にけがをした。ほれこれだ。」
王様は、腕まくりをして左腕を、ドクターの目の前に突き出しました。それを見て王様は、びっくりしました。自分腕なのに。
「何じゃこれは、こんなことになっておる。イテテテ。」突然王様は、うなりました。
「王様、この傷、ちゃんと、手当てされましたか?」
「庭で、バラのいばらでけがをしたんじゃが。そういえば何もしてもらっとらんがな。イテテテ」王様は痛がり始めました。
「誰か!」王様は、お付の人を呼ばれました。
そして、傷の手当てをしてもらいました。
「イテテテ。もっとやさしくせい。」
「王様、その傷を少し観察してみてください。」
「傷をほっておられたので、熱を持って赤くはれて、汁が出てきています。そして痛いでしょう。」
「これを炎症といいます。」
「この炎症の原因は、手当てをしなかったためにばい菌が、皮ふに進入して起こってしまったのです。」
「気管支炎も、タバコの吸いすぎでタバコの中に入っている、たくさんのシアンなどの有害物質の刺激が原因で起った炎症です。」
「気管支の中をタバコの煙が通過することで、気道表面に広い範囲で障害を与えます。そこには、炎症が起こり、赤くはれて、液体が出てきます。」
「王様、この紙を見てください。気管支の断面が書いてあります。正常と気管支炎の違いを見てください。」
「気道の壁は、はれてきます。そしてそのはれた壁の内側に、粘液というネバネバした液体が出てきて、壁にへばりつきます。それが痰です。」
「このとき、壁の中の神経も、過敏になっていますので、腕なら痛いのですが、気管支は咳として症状が出ます。」
「そうすると断面はどうなっていますか、王様。」
「うーん」王様が答えるよりも早く。
「空気の通る部分の面積が、小さくなっているのがお分かりでしょう。」
「空気は狭いところを通りますから、そこでは笛のように音が出るのです。ヒーヒー、ゼーゼーです。」
「王様がタバコを吸わなくなって、この音が少なくなってきたのは、気管支炎が少し、治ってきたということなのです。」
王様は、ドクターの示す図を熱心にのぞき込んでおられましたが、大きくうなずき、ドクターのほうに目を移してお答えになりました。
「なるほど、ヒーヒー、ゼーゼーが減ったわけか。」
ドクターは聞こえなかった風に続けました。
「それだけならいいのですが、うまく痰が出せなくなると、痰で気道がつまってしまいます。」
「するとその気道の先の肺には空気が入らなくなってしまいます。」
「その肺では、空気がない所を住みかとする、ばい菌(嫌気性菌)が大量に増えて、肺炎になってしまうのです。」
「王様のお国の、老人は、多くがこの肺炎でなくなられると聞いています。」
「それは、長年のタバコが原因ではないでしょうか。」
「今お話した気管支炎の状態が、2年以上続くと慢性気管支炎と言います。」
「お見受けしたころ、お国の大人はほとんど慢性気管支炎にすでになっていると思います。」
「慢性気管支炎のう。ドクター。では、この国の老人の多くが、酸素ボンベを手放せないのはなぜだ。」
「よいことを思い出されました。」
「では、もう一度呼吸の話をしましょう。」
「昨日、呼吸の話をいたしました。覚えておられましょうか。
「人は、鼻や口から空気を吸います。その空気は、気管ー気管支、と言う気道を通り肺の肺胞と言う小さな風船の中に流れ込みます。」
「この空気の中には、酸素(O2)が入っています。その酸素(O2)は、赤血球によって体中の細胞に運ばれます。」
「細胞の中で、酸素(O2)と栄養素からエネルギーが作られ、細胞が生きています。」
「その時、排気ガスの二酸化炭素(CO2)と水が細胞から出てきます。」
「その二酸化炭素(CO2)は、血液の中に溶け、再び肺まで運ばれ肺胞の中に出て行きます。」
「二酸化炭素(CO2)は、気道を逆向きに通り、鼻や口から吐き出されるのです。」
「このすべての行程を呼吸といいます。この話は覚えておられますか?」
「ああ。」と王様
「この肺での酸素(O2)と二酸化炭素(CO2)の二種類の空気の出し入れ(ガス交換)のことを簡単な意味での呼吸といいます。」
「ここまでは、昨日のおさらいです。」
「この図を見てください、入り口の気道に気管支炎が起こると、どうなるか想像してみて下さい。」
「気道の壁がはれて、痰がたまってくると、気道は細くなっていきます。」
「すると空気が入りにくくなります。酸素(O2)が肺に入って来ません。」
「からだの細胞は酸素不足になって行きます。酸素(O2)がなければエネルギーは作られません。」
「それを助けるために、酸素を吸う必要があるのです。酸素ボンベが必要になるのです。」
呼吸の話は、ドクターが熱心に研究してきたことです。ですからドクターの話に熱がこもってきました。
「王様、お水をいただきたいのですが。」
ドクターは、のどがかわいてきました。
「わしも、もらおう。」
王様は、家来に冷たい水を持ってこさせました。
王様は少し嫌そうに、「分かっておる。」と横柄に返事されました。
「気道が通りにくくなると、吸う息だけでなく、吐く息も出にくくなります。そうすると肺胞の中に二酸化炭素(CO2)がたまってしまいます。」
「不要の排気ガスの二酸化炭素(CO2)が肺胞、そして全身にたまってしまいます。」
「排気口の詰まった自動車が、エンストして止まってしまうのと同じです。」
「二酸化炭素(CO2)のたまった人間も同じで、脳の働きがだんだん落ちてきて、眠ってしまいます。」
「しまいには息もとまってしまい、死んでしまいます。」
「そんな恐ろしいことになるのか。」王様は目を丸くしてつぶやかれました。
「タバコの害は、行き着くところ死んでしまうのだな。いつもそうなる。ふー。」
改めて恐ろしい話の成り行きに王様は、肩を落としてしまわれました。